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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2019年04月30日

~坂東橋と美智子様~ (2019/4/30号)

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hare03 もう、何年も前の事です。

ピンポーンと、うぷの家のインターホンが鳴ったので、「はーい」と言って扉を開けたら、
玄関に皇后陛下・美智子様が立っていました。
美智子様は、うぷにあのお優しい笑顔を向けておっしゃいました。

「坂東橋へは、どう行けばよろしいの?」

美智子様の後ろには黒塗りの車が停まっていて、天皇陛下も降りて来られました。
「えっ!? 坂東橋ですか!?」
「ええ、坂東橋です。」
「教えて下さる?」

坂東橋は、国道17号線にある利根川に架かる橋です。
ここから坂東橋へ行くのなら、その国道17号線で行くルートをお教えするのが
一番わかりやすいでしょう。

うぷはまず、坂東橋が国道17号線上の前橋市(正確には北橘村)と渋川市の間を流れる利根川に架かる橋である事、その国道17号は東京の日本橋を起点にしている事を、地図をお見せしながら説明しました。
さらに、その利根川は「坂東太郎」という別名があり、坂東橋の名はそれに因んでいる事をお話しし、地図で利根川の流れをご説明しようとしました。
ところが、いくら探しても東京湾に利根川の河口が見つかりません(X_X;;
両陛下を玄関先に立たせたままで、気持ちは焦るばかり。
その時ふと気付きました。
「あれ? 利根川って、東京湾に注いでたっけ?」

どうやって坂東橋までの道をご説明したのかさっぱり覚えていませんが、とにかくうぷは、道をお教えしました。
「ありがとう。」
美智子様はささやくようなお声でそう言うと、天皇陛下と共に車に乗り込み、そして、うぷに手を振りながら去って行かれました。


hare03 うぷは、そこでハッと目が覚めました。
「なんだ、夢か…」

夢を見ても、目覚めた後は忘れてしまう事が多いのですが、この夢はなんだかとても鮮明。
本当に美智子様に道を教えて差し上げたような気がして、しばらくドキドキしていました。
ところが少したってドキドキが収まりる、とうぷはだんだん心配になってきて、思わず隣で寝ている主人を揺り起こして聞きました。

「ねぇ、坂東橋って、前橋と渋川の間に架かってる橋だよね?」
「そーだよー」

あ~よかった(^_^;
うぷはほっとしました。
夢とはいえ、天皇陛下と美智子様にウソを教えたんじゃなくて。

眠たげな主人は、
「坂東橋がどーしたのー?」
「美智子様にね、聞かれたの」
主人は寝返りをうって、また眠りに落ちながら言いました。
「ふーん…。 誰? 友だち?」


まさかの「夢」オチで、みなさん、がっかりした事でしょう…f(^。^;;
でも、夢とはいえ、天皇陛下も美智子様も、実際にお姿を拝見した事のないうぷにとっては、これがお二人との唯一の思い出です。

それ以来、うぷは、坂東橋を渡るたびに、天皇陛下と美智子様を思い出します。


hare03 今日は、平成最後の日。
平成の30年間は、うぷが社会人となり、様々な事を経験した時代でした。
嬉しい事幸せな事もいっぱいありましたが、悩んだり苦しんだりした事の方が多くあったように思います。
それでも、うぷのような脆弱な人間が浮いたり沈んだりしながらも、なんとか社会の一員として今日まで過ごしてこれたのは、平成が平和な時代であったからだと思えます。
昨年末のお誕生日の会見で陛下は「平成が、戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています。」とおっしゃっていました。
そのお言葉に、担ってこられた責務の大きさ重さを、うぷは改めて痛感しました。
それと同時に、得がたい幸運な時代に生まれて来れた事に、心から感謝したいと思いました。


あれから天皇陛下と美智子様は、坂東橋をお渡りになられたかな?
夢とは言え、うぷは今も気になります。
そして、もしまた天皇陛下と美智子様が夢に出てこられたら、今度は家にあがって頂き、
お茶をお出ししたいな。
その時には、上皇・上皇后となられて公務から退かれているのだから、今より少し自由なお立場でいらっしゃる事でしょう。
お茶を飲みながら、新たなお暮らしぶりなど聞いてみたいし、ご趣味や興味のある事など伺ってみたいな。
そうそう、昔、おふたりが夢に出てきて坂東橋への道案内をしたと申し上げたら、笑って下さるでしょうか…。
まるで、友だちみたいに…。


内平かに外成る
地平かに天成る

平成は、戦争のない時代として、今、終わろうとしています….。

坂東橋と美智子様




 それでは
    また次回~(^-^)/~

  


Posted by うぷ at 09:55Comments(3)今週のうぷ

2019年04月11日

~さくら閑話 2019~ (2019/4/11号)

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hare03 平成最後の桜が、今、見頃を迎えています。

桜に因んだことわざといえは、なんと言っても『花より団子』ですが、桜餅-1
今回はお団子じゃなくて桜餅のお話しです。

桜餅には、関東風と関西風があるのは、ご存じかと思います。

関東風(江戸風)は、「長命寺 桜餅」。
薄く楕円形に焼いたクレープ状の皮で、餡をくるりと巻いたもの。
江戸時代に、隅田川沿いにある長命寺の門前で売り出されました。

桜餅-2
一方、関西風(上方風)は、「道明寺 桜餅」。
つぶつぶした桜色の道明寺粉で、餡をおはぎのように包んだもの。
道明寺粉とは、もち米が原料にしてつくられた保存食で、大阪の道明寺で作られたことに因みこの名があります。


みなさんは、長命寺桜餅と道明寺桜餅、どちらがお好きですか?


hare03 長命寺と道明寺、
どちらの桜餅も、塩漬けされた桜の葉っぱに包まれています。

この葉っぱの種類は「オオシマザクラ」。
伊豆にある松崎町が特産で、全国シェアの70%を占めています。
(松崎町、うぷは以前に訪れた事があります。なまこ壁の建物が点在する、風情ある町です。)
オオシマザクラの葉っぱは、塩漬けにすると独特の香りが生まれ、葉は柔らかく、毛が少ないのが特徴。
葉っぱで包む事で乾燥を防ぎ、さらにお餅にほのかな塩気と桜の香りをつけています。
正解はないので、一緒に食べるか外して食べるかは、好みの分かれるところ。
向島にある長命寺桜餅の本家・山やさんには、こんな小噺が伝わります。
 ある人が、桜もちの皮(葉)ごと食べる人を見て、
 「旦那、皮をむいて食べた方がいいですよ。」と言った所、
 「あ、そうですか。」と、その人はそのまま川の方をを向いて食べた。

みなさんは、この葉っぱ、食べますか?食べませんか?


hare03 子供の頃うぷは、桜餅が大嫌いでした(-_-)
いえ、正確には、桜餅の葉っぱが大嫌いでした。
お餅は甘いのに葉っぱだけしょっぱいし、変な匂いもするし、どう見ても葉っぱだし(-_-#

ところが、今うぷは、桜餅、大好きです(^-^)
いえ、正確には、ほんのりと独特の風味のする葉っぱが大好き。
いつからどうして好きになったかはわからないのですが、
桜餅、今は迷うことなく、葉っぱごと丸かじりさせて頂いております(*^-^*)

けれども、
長命寺桜餅と道明寺桜餅、どちらを買うかのかは極めて大問題(*_*)
いえ、正確には、大問題なのは決められなくて両方とも買っちゃう事でしょうf(^。^;

先日、桜餅を買いに行きつけの和菓子屋さんに行きました。
するとそこで更なる大問題に直面しました。

長命寺桜餅、こし餡の他にみそ餡の桜餅が新発売!

みなさんは、うぷがどの桜餅を選んだか、わかりますか?

桜餅-3



今、平成最後の桜が、満開です……(^-^)



 それでは
    また次回~(^-^)/~  


Posted by うぷ at 00:18Comments(5)今週のうぷ

2018年12月30日

~長寿銭~ (2018/12/30号)

kumo03 4月13日、父が亡くなりました。

昨年5月から入院していたのですが、ようやく退院の目途が立った矢先の3月末に体調を悪くし、4月13日に入院先で息を引き取りました。
この日は、父の八十八歳の誕生日でした。
数日前から呼吸が荒く、その苦しそうな様子を見るのは辛く、でもあと数日の誕生日まではがんばってほしい…と、相反する気持ちに心の揺れた日々でした。
その気持ちを察したのか、父はその誕生日の夜、私が仕事を終えるのを待っていたかのように息を引き取りました。


kumo03 父は頑固で偏屈な人でした。
その父が、一人娘の私より可愛がっていたのが、以前飼っていたペットのラブちゃんでした。
父が可愛がるのと同じだけ、ラブちゃんも父によくなついていました。
赤い首輪が似合う、白いトイプードルでした。

20181230-1ラブちゃんは17年前、病気のため亡くなりました。
私も主人も病院の付き添いなどの世話をし、時には夜中まで奔走した事もありましたが、看病の甲斐なくラブちゃんは亡くなってしまいました。

ラブちゃんの遺骨を父の元に届けた帰りしな、父が私に、
「これ、貯まったからやるよ」と言って、500円玉貯金の入った小銭入れをくれました。
多分、ラブちゃんのお世話をした事へのお礼のつもりだったのでしょう。
お金なんていらないのに…。
「ありがとう。世話になったな」の一言でいいのに…。
本当に、なんて偏屈な人なんだろう……。
けれども、渡された小銭入れの重さに、まったく素直でない父の精一杯の気持ちが感じられ、私はそのお金を使う事ができませんでした。

いつかその日が来たら父のお棺に入れてあげようと、私はずっと、ラブちゃんの首輪を大切に保管してきました。
そしてそれと一緒に、ついに使う事ができなかったそのお金を、父に持たせようと思っていました。
ところが、葬儀社の担当の方に相談したところ「燃えないから、絶対ダメです」と、」止められてしまい、またしてもその使い道に悩む事となりました。
その時、その担当の方がある事に気付き、その使い道を提案してくれました。
父が息を引き取ったのは八十八歳の誕生日。
八十八歳は米寿で、長寿となるのだそうです。
「長寿銭として、参列の皆様にお持ち帰り頂いたらいかがですか?」

長寿銭とは、長寿を全うして亡くなった方あやかり、「長生きでありますように」とご祝儀袋に小銭を入れて会葬者に配るという、群馬県などの一部地域に残る風習です。

20181230-2それはいいご提案だと思い、さっそく長寿銭の準備をしてもらいました。

私の元に長い間留め置いてしまったこのお金、父にゆかりのある方々にお使い頂き、このお金を次の世代に繋いでほしい…。
それは、父の不器用な真心のへの何よりの供養となると思うのです。

用意して頂いたご祝儀袋に、その500円玉をひとつひとつ詰めながら、私は思いました。
もしかしたら父は、私が使い道に悩んでいたので、米寿のお誕生日までがんばったのかな…。
だとしたら、自分の長寿銭を自分で用意するなんて、やっぱり父は偏屈だな、と…。


kumo03 胸元で組んだ父の指は、もう冷たく固くなっていました。
その指に、ラブちゃんの首輪の引き綱を絡ませながら、私は、
「ラブちゃんとお母さんが、待ってるよ。」
と、父の耳もとにささやきました……。




11ヶ月の休刊を経て、10月に再開したおさかな通信。
その後も、なかなか記事がアップできなくて残念でした(>_<)
来年は、もう少し軌道に乗せたいな~と思っていますので
どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

みなさん、どうそ、よいお年をお迎えください(^-^)


 それでは
    また来年~(^-^)/~   


Posted by うぷ at 18:09Comments(2)今週のうぷ